患者・ご家族の方へ
周術期口腔機能管理とは?
全身麻酔での手術には様々なトラブルが起こります。その原因のひとつが、お口の中の細菌であることが近年明らかになってきました。
そこで、全身麻酔による手術の前後に、歯科医による専門的口腔ケアを行い手術時・入院中の合併症を減らすための取り組みが「周術期口腔機能管理」で、平成24年度成立の「がん対策基本法」における「がん患者の口腔ケアへの取り組み」に基づいて医療保険制度での保険診療の対象となりました。
手術前の歯科医院の受診はそれら手術時・入院中のトラブルの予防に役立ちます。
歯科医院での処置は健康保険の適応です(通常の保険診療と同様の自己負担金が必要となります)
全身麻酔下手術、移植手術、抗がん剤・放射線治療と口腔管理
なぜ周術期口腔機能管理が必要なのか、手術や治療での合併症から考えてみましょう。
1. 肺炎(誤嚥性肺炎、人工呼吸器関連肺炎:VAP)
麻酔中や麻酔直後、術後の不安定な状態の時に、唾液に混ざった口の中のばい菌や胃の内容物が気管や肺に入る(誤嚥)ことでひどい肺炎が起きることがあります。 このような肺炎を『誤嚥性肺炎(ごえんせいはいえん)』といい、手術後の合併症として非常に気をつけなければならないもののひとつです。
特に誤嚥性肺炎を起こしやすいのは、脳血管疾患(脳硬塞、脳出血など)、高齢者、すでに麻痺のある患者さんなど喉頭(のどの奥、気管と食道を仕切っている部分)の働きが弱っている患者さんです。
このような誤嚥性肺炎の予防には、口の中を清潔にし細菌を減らす事が効果的である事がわかっています。
また、最近全身麻酔後の合併症として重視されてきているのが『人工呼吸器関連肺炎:VAP』です。
これは、人工呼吸を行った患者さんにみられる合併症で、その原因の大きなもののひとつが、口の中の細菌であると考えられています。
人工呼吸器関連肺炎も、口の中を清潔にお手入れすることで発症を減らす事ができる事が知られています。
2. 炎症の急性化、全身波及
口の中、特に歯の根の先端などに、普段は自覚症状の無い慢性炎症(=細菌が潜んでいるところ)がある場合があります。普段は身体の免疫力によって症状が無い状態で安定していますが、手術による全身状態の低下、また抗がん剤や免疫抑制剤などによる免疫力の低下で 慢性炎症が急性化する事があります。特に抗がん剤や免疫抑制剤の使用時には大きな問題となり、治療の継続ができなくなるケースも考えられます。そこで、事前に口の中に慢性的な炎症が隠れてないかチェックして、応急的にでも治療をしておくことは手術や治療を安全に確実に行うためにも効果的です。
3. 抗がん剤治療、放射線治療時の口内炎
抗がん剤による治療や頭頚部での放射線治療の際、重篤な口内炎が生じる事が多くあります。
非常に重篤化した場合、口から食物の摂取ができなくなり、治療の継続が困難になる場合もあります。
このような口内炎の重篤化にも、口の中の細菌が関わっている事がわかってきています。口の中を清潔な状態にしておくことで しっかりと治療をやり遂げられる可能性が高まります。
4. 歯が欠ける、抜ける
全身麻酔により自分で呼吸が出来なくなるので人工呼吸のための管を口から挿入します。その挿入の際に、口の中にぐらつく歯があったりすると管や器具が当たって 歯が抜けたり、損傷を受ける場合があります。
また麻酔から目覚める時に歯を食いしばることにより、グラグラした歯が損傷したり、むし歯などで弱っている歯が欠けたり割れたりといったトラブルが生じる場合があります。
手術前にぐらつく歯を固定したり、弱っている歯を補強しておくことでトラブルを減らす事が出来ます。
どういうメリットが有りますか?
周術期口腔機能管理を受けることで
● 上にあるような合併症を減らす事が出来る
● 手術後にしっかりと食事を摂れるように不具合を治しておける
● これらの効果により、入院期間が短くなる効果がある
入院期間に関しては、さまざまな研究により周術期口腔機能管理を受けた患者さんは受けていない患者さんにくらべて平均入院日数が短くなる事がわかっています。
歯科医院でどのようなことをするのでしょうか?
ケースにもよりますが、1、2回の来院でも大きな効果が出ます。
1. 口の中の汚れを除去する
「歯垢」や「歯石(しせき)(歯垢が固まったもの)」をできる限り除去してお口の中を清潔に保ちます。また、歯のない方も、舌の清掃や、入れ歯の清掃方法などを指導いたします。
2. ぐらついている歯の対処
特に前歯が著明にぐらついている場合には、手術の前に抜歯や固定を行う必要があります。
3. 慢性炎症や症状の無いむし歯などへの対処
感染源になる部位がないか調べて、それに対する対処を行います。
処置の内容は、お口の状態や手術の大きさなどから総合的に判断する必要があります。
手術の大きさなどにより、まったく自覚症状が無い歯でも時に抜歯が必要になるケースもありますが、安全に手術を行うためですのでご了承ください。もちろん、なぜ抜歯が必要になるのかなどはしっかりと説明を行います。
4. お口に合っていない入れ歯の調整や清掃
手術中は基本的に入れ歯を外します。しかしながら入院中に入れ歯の修理や調整を行うことは難しいケースが多いです。手術前にバネの調整や入れ歯に付着した歯石の除去をすることをお勧めします。
しっかりと食事をとる事ができるようにすることで、手術後の体力回復をサポートします。
5. 歯の磨き方の習得
磨いているつもりでも汚れが残っている場合は多いです。また自分で磨けない患者さんの場合は介助者によるハブラシの仕方の指導も行います。
周術期口腔機能管理を受診する時の注意点は?
必ず保険証・紹介状を持参してください
保険証が確認できないと保険治療として処理できません。
また紹介状が無いと、周術期口腔機能管理として保険治療適応外になる場合があります。
必ず受診の予約をしてください
周術期口腔機能管理は一般の歯科治療よりも検査や診断、治療に時間がかかる場合があります。
手術までの限られた時間で最大限の効果を得るためにも、必ず予約のうえ受診してください。
使用していない義歯(入れ歯)がある場合、必ず受診してください
合わなくて使っていない義歯でも、調整・修理すれば使える場合も多くあります。
必ず持参してください。
普段服用しているお薬は、主治医の指示がある場合をのぞき通常通り服用してください
自己判断でお薬の服用を中断しないでください。
手術の予定がない方も・・・
お口の中で気になる部分がなくても以下に当てはまる方は是非歯科を受診しましょう
<歯科受診のチェックシート>
- 歯科治療を中断している。
- 痛くならないと歯科医院には行かない。
- 最近汁物などむせるようになってきた。
- 以前より口の乾きが気になる。
- 家族に口臭を指摘される。
定期的に歯科医院を受診して、ふだんからお口の健康を保ちましょう。